当院では以下の項目を参考に患者さんに対して放射線検査に関するインフォームド・コンセントを行っています。
検査別の被ばく線量や被曝レベル別の説明等、当院に限定した項目がありますが、患者さんが放射線被ばくに関してより一層の理解が得られるよう参考にして頂けたらと思います。
A.質問から説明への流れ
A-1 患者の質問を良く聞く
患者の疑問点と知識理解力を把握し、説明の水準,内容を決定する。
A-2 正当化,最適化を実践していることを説明
放射線利用の3原則として「行為の正当化」「防護の最適化」「線量限度」というものがある.線量限度については、現在のところ放射線診療に関して法律上の限度の設定はないが、正当化、最適化については確実に実践されていなければならない。
患者の多くは自分の受けた放射線検査の被ばくによる影響ばかりを心配する傾向がある。行われる放射線診療は、病気の診断、治療において必要不可欠であり、被ばくのデメリットを大きく上回るメリットがあるということを認識してもらえるようにする(行為の正当化)。また放射線診断あるいは治療上の要求を満たしたうえで、患者の被ばく線量をできるだけ少なくしなければならない。再撮影の防止、透視時間の短縮、照射野の絞りなど、放射線診療従事者は常に努力しなければならない(放射線防護の最適化)。
A-3 被ばく線量の推定
説明を求められた患者の受けた被ばく線量と放射線影響に関する線量を把握し、説明にあたらなければならない。
表1 当院での検査別被ばく線量
|
皮膚線量 〔mGy〕 |
骨盤部線量 〔mGy〕 |
男:実効線量 〔mSv〕 |
女:実効線量 〔mSv〕 |
胸部単純撮影 |
0.13 |
0 |
0.03 |
0.03 |
腹部単純撮影 |
1.65 |
0.24 |
0.25 |
0.41 |
頭部CT |
35.29 |
0.01 |
0.93 |
0.96 |
胸部CT |
12.09 |
0.3 |
6.75 |
7.75 |
胸腹部CT |
13.91 |
9.17 |
13.03 |
13.98 |
UGI |
96.89 |
0.70 |
9.79 |
10.18 |
LGI |
12.39 |
65.45 |
22.63 |
30.87 |
心カテ |
57.86 |
0.08 |
15.11 |
15.35 |
表2 放射線皮膚障害と閾値
皮膚障害 |
閾値線量(mGy) |
障害の出現時間 |
初期一時的紅斑 |
2000 |
2〜3時間 |
一時的脱毛 |
3000 |
3週間 |
主紅斑 |
6000 |
10日 |
永久脱毛 |
7000 |
3週間 |
乾性落屑 |
10000 |
4週間 |
皮膚萎縮 |
11000 |
14週以降 |
毛細血管拡張 |
12000 |
52週以降 |
湿性落屑 |
15000 |
4週間 |
晩発性紅斑 |
15000 |
6〜10週間 |
皮膚壊死 |
18000 |
10週以降 |
二次性潰瘍 |
20000 |
6週以降 |
急性潰瘍 |
75000 |
4週間 |
表3 放射線影響に関する線量
臓器・組織 |
影響 |
急性被曝(mGy) |
精巣 |
一時的不妊 |
150 |
|
永久不妊 |
3500〜6000 |
卵巣 |
一時的不妊 |
650〜1500 |
|
永久不妊 |
2500〜6000 |
水晶体 |
白内障 低LET |
5000 (2000〜10000) |
|
高LET |
600〜5000 |
|
水晶体混濁 |
500〜2000 |
造血臓器 |
|
500 |
胎児 |
奇形 |
100 |
A-4 被ばくレベルに応じた説明
(東海大学病院で医師が参考にしている被ばく線量のレベル分けです。)
@50mGy未満 A50~200mGy未満 B200mGy以上 この3領域に大別して検討してみる。
B.被ばくレベル別の説明例
B-1 50mGy未満
50mGy未満の被ばく線量では、ほとんどの組織・臓器において問題となる身体的影響が発生することはないと予想される。1回の検査ではほとんどの検査が50mGyを超えることはない。
→確定的影響:影響はないと説明できる
もっとも放射線感受性が高いのは、妊娠初期の胎児への影響であり,奇形発生の閾線量は100Gyである。したがって、100mGy未満では確定的影響を心配する必要はない。
→確率的影響:影響はないと説明できる
放射線防護上では確率的影響には閾線量がなく、少ない被ばく線量でもそれに応じた発生確率が存在するという立場をとっている。しかし、広島、長崎の原爆被爆者を対象とした疫学的調査などでは、50~200mSv以下の線量での確立的影響の発生の統計学的有意差は認められていない。
したがって、放射線検査等における50mSv以下の被曝線量では、確率的影響の発生の心配をする必要はないと考えられる。
以上より、50mGy以下は放射線の影響を心配する必要のない安全なレベルであるといえる。
B-2 50~200mGy
この線量域において身体的影響が問題となるのは、妊娠初期(受精〜8週)の女性の生殖腺被ばく(胎児への影響)である。
→確定的影響:100mGy以上で胎児への影響(奇形)を考慮する。その他の影響はない。
→確率的影響:影響はないと説明できる(広島、長崎の原爆被爆者を対象とした疫学的調査などでは、50~200mSv以下の線量での確立的影響の発生の統計学的有意差は認められていない)
・患者が妊娠初期(0〜8週)の場合
生殖腺に100mGyを超える被曝を受けた場合は胎児への影響が問題となるので、産婦人科の医師等と相談し対処する必要がある。
・妊娠初期でない場合
問題はないが、生殖可能年齢にある女性の場合は、放射線診療の際に十分な説明と同意が必要である。
B-3 200mGy以上
被ばくレベルとしては比較的高いので,線量によっては身体的影響の出現に注意する必要がある(表2参照)
→確定的影響:それぞれの組織・臓器に応じた閾線量をもとに影響を推定する。
比較的短期間で複数の検査を行った場合には合計線量を用いて影響を推測するが、それぞれの検査の実施時期がかなり空いている場合には(数週間から数年程度)、回復効果が期待できるので、合計線量を用いる必要はないと考える。
→確率的影響:被ばく線量に応じて影響が発生する確率が高くなっていく.。
疫学的調査により、被ばく線量が50~200mGyを超えた場合、がん・白血病などの発生確率が、放射線以外の原因で発生するものよりも、線量の増加に応じて高くなっていく。ただし、必ず影響が発生するということではなく、200mGy〜1Gy程度では自然発生するがんの発生確率にほんのわずかだけ上乗せされる程度である。
C.まとめ
通常の放射線検査により患者が受ける放射線量は、IAEAが示す低線量(<200mGy)であり、実際に影響があるかどうかわからないほど少ないリスクであることは間違いありません。ところが放射線検査を受けた患者には漠然とした不安が残ります。この不安の大部分を占めるのが発がんへの不安といってよいでしょう。医療放射線によるがんの発生は、日常にあるさまざまな発がん要因の中においてはほとんど確認できないレベルでしかありません。
手法に定型はありませんが、インフォームド・コンセントを担当する我々が適切な知識をもって、医療被ばくに対する患者からの質問に適正な回答ができるように努力していきましょう。
参考文献
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1)笹川泰弘,諸澄邦彦:医療被ばく説明マニュアル 日本放射線技師会出版会
2)草間朋子:あなたと患者のための放射線防護Q&A 医療科学社
3)東海大学医学部付属病院 放射線技術科:安心してエックス線検査を受けるために
4)飯田博美:放射線概論 通商産業研究社
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